生まれて育って十数年。
この世界から命を授かり、右往左往しつつもどうにかこうにかやってこられたのは。
ひとえに、料理に対する知識の深さと、技術向上におけるゲーム性のおかげだった。
料理/調理/包丁/まな板/火加減。
微塵切り/千切り/三枚に下ろす/解体。

まだまだあるが、主に使うことの多いそれら全ての単語の後ろに『マスタリー』という言葉がつく。

これらマスタリーは、日々を過ごす中で該当する項目を経験すればするほどレベル――――熟練度が向上し、
最低レベルである1から始まり、最高レベルの10になる頃には、この場合料理に関することであれば
レベル10に達するころには宮廷料理人にすら引けを取らないほどの腕になっているのだ。
…現実的に考えて、人間の能力を数値に変換することなどできないはずであるのに関わらず、この数値は全ての技能に対して存在する。
ドラゴンボールのスカウターで戦闘能力を測るかのように計測する。

その事実の意味を知るただ一人の存在としての言葉だからおそらく間違いないだろう。
毎日のようにやってくる彼ら彼女ら――――村人たちの頭右上に見える『名前』『性格』『HP/MP』『技能詳細』
からもそれは明らかだ。

私は容易に人の情報を知ることができる。
私は機械のように料理を作ることができる。
だから。
できることもないから料理人になり、世界の異常性を認めたくないが故に人から離れることを選んだ。


その村の名前はエトリア。
後に世界樹の迷宮と呼ばれ、東西問わず人の集まる場所になるところである――――。
ただし、ここが有名になるのは、まだ、少し先の話。







   ◆◆◆



――――森の奥に人工物が見つかった。
朝早く、駆け込むように家に入ってきた一組の男女は興奮したようにそう言うと、二人揃って崩れ落ちてしまった。
迷惑なことだ、と思いつつも私の足は自然と厨房に向かい、何か精のつくものはなかったかと厨房を漁る。

「これは本当にすごいことなのよ!
 なにせこんな何もないような片田舎にあんな精巧な人工物が存在するなんて…
 伝承を詳しく調べに現地に来ただけなのに、まさかフィールドワーク一日目であんなものが見つかるなんて!」

床にへばりつきながらも、どうにか顔をあげてまくしたてるのは女性のほうか。
彼女の名前はサクヤという。そして――――

「ごめんね、店長。サクヤさん話し出すと止まらなくてさ…あ、できればお水もらえないかなぁ…」

その横で完全にへばっている彼はジロウという名前らしく、二人してアカデミーの卒業論文を書くためにここに逗留している。
逗留しているといっても、エトリアの村に宿泊施設なんてものはないから、彼らは私の家で毎日を過ごしている。
もともと人とかかわるのは避けたかったのだが、「アカデミー」という言葉に懐かしいものを感じて、「研究内容を提示すること」を条件に
こんなわざわざ片田舎まで来て途方に暮れている彼らを泊める気になったのだ。


 私は彼らの疲労具合を見て、先日取得したばかりの「調合」マスタリーで作製した二種類の飲料水を手に取った。
味は片方が桃で、もう片方がグレープだ。
…今の調合の腕では、味にまで気を向けることができず、相当まずいものに仕上がってしまったので、ジュースに混ぜてみたものだ。
コトリ、と音をたてて四つの容器をカウンターに差し出し、二種類をそれぞれ彼らのほうにむける。


「飲んでみてくれ、おそらく、疲労が回復するはずだ」


特にサクヤの超舌口を遮るように、飲むように勧める。
サクヤは話を遮られたのが不満なのかおずおずと、ジロウは待ってましたとばかりに容器を手に取る。


「――――それで、ええっと、さっき言ってた人工物ってのは一体何のことなんだ?」


彼らが容器を空にし、満足そうな表情になるのを確かめ、右上に向いた視線で減少している『HP/MP』メーターが上昇したのを確認したうえで口を開く。
しかし、その質問は失敗だったようだ。
容器の中身を飲み干してご満悦だったサクヤの顔が見る見る不機嫌なものに変わり、一気にまくし立ててくる。


「もう、ちゃんと聞いてなかったでしょ!
 いい? 荒れ果てた、人の手が入ってない、けもの道がかろうじて確認できるかどうか、っていうレベルの未開の森の中に
 明らかに人の手の入った、人工建造物があったのよ! し・か・も、そこにはどんな図鑑でも見たことのないような動植物が群生していたわ!
 これは、世紀の大発見よ! 入口部分だけでも精査して調査結果を持ち帰れば……フフフフフフフフフフフフフ」


一転、さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったのか、目が逝っている。
対応に困る。
どうにかしてくれ、とジロウに視線を送ると、すぐさま気づき、困ったように頭をかきながらその続きを話し始めた。


「うん、確かにこれは大発見なんだよ。
 明らかに僕たちの今の世界の技術では制作できないような人工物がそこかしこにゴロゴロ転がっててね…
 それに植物もそうだけど、特に動物でまだ発見されてないものがあるなんて思いもしなかったんだよ。
 信じられないかもしれないけれど、巨大なカニやもぐら、人よりも大きい蝶々なんてものもいてね……
 望遠鏡があったから木の上から遠目に確認しただけなんだけれど、人間の空想が具現化したような混沌とした場所だったよ…」


これが望遠で撮った写真さ、といって手渡された一葉の中には確かに、そう、としか表現できない空想があった。


「……よく怯えもせずに撮ってこれたものだ」


素直に感心する。
凶暴性のある動物の前に立つことは自殺行為であり、生態も実態も調査段階の未確認動物に不用意に近づくなんて正気の沙汰ではない。
驚愕の発見に興奮するのは理解できるが、ここまでくると命をかけるほどの情熱を感じられる。
――――と?

急に二人は顔をそらし、目をあらぬ方向に向けた。
心なしか、全身から急に汗が流れ始めたように見える。


「………おい」


不穏な空気を感じて声を掛けると


「ごめん、写真のフラッシュに気付かれて」
「びっくりしちゃって大声あげちゃって…」


すべて聞き終える前に大急ぎで表に出ると――――人外魔境が広がっていた。




-MONSTER 毒アゲハ 三体
Lv.4
HP ???
MP ???

-MONSTER 穴モグラ ニ体
Lv.1
HP ???
MP ???

-MONSTER 甲殻カニ 一体
Lv.3
HP ???
MP ???

-MONSTER 大ネズミ 六体
Lv.2
HP ???
MP ???


「…なんてこった」

「「ご、ごめんなさーい!」」

諦念にも似たその呟きは、背後からの謝罪の言葉にかき消されたのだった。









                 【世界樹の】料理人は戦闘員ではない【迷宮ネタ】









――――こうして、彼と、彼らのエトリアの迷宮への冒険は始まる。

ソードマン
ダークハンター
アーチャー
ブシドー
パラディン
バード
メディック
アルケミスト
カースメイカー

いずれの職業にも属さぬ、しかしそれゆえに全ての技能に通じる可能性のある人間として。



















誰もいないから今のうち…





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