今まで生きていく中で最も無意味だと思ったのは、Lv.だった。
斧で木を切るのにも、包丁で食材を切り分けるのにも、全てについて回ってきたからだ。
それは当然、運動神経にも及び、知識としてできるはずの行動がこのlv.に阻まれて無性に腹がっ立ったのは一度や二度ではない。
わかりやすく言うと、1+1ですら、一から経験を積みなおさないとまともにできないのだ。
知識としては頭にある、理解もできる、なのに出力することが絶対にできない。
文字を書くにも、言葉を喋るのにも、それどころか日々の細々したところにさえ――――トイレ上手マスタリーとか巫戯化るな―――至っていたのだ。
だから、幼少のころからとにかくマスタリーを最高レベルにすることを心がけた。
まずは日々の生活に必要な最低限のところから、次に一般教養、そして将来ひとりで生きていくために徹底的に家事を行ってマスタリーを上げた。


 おかげで、斧マスタリーMAXと木を切るのに最適なスキルMAX一つ
運動神経マスタリーMAXのおかげでそこに補正が掛かり、家事マスタリーMAXから派生する料理と刃物に関してのスキルに殺傷性を持たせた。
――――いや、いらないから。
それらをたまたま手に入れてしまった時の、私の反応はそれだけだった。
一般的に生活するだけなのに、料理を行うスキルに殺傷性が発生してどうするのか。
しかしそこに、食材を捌くのに必須である『解体』マスタリーから派生するスキルが更に拍車をかける。
いつかどこかで読んだ、小説の主人公のような能力、『直筋の魔眼』だ。


――――それが無機物であれ、有機物であれ、それらの鼓動を感じることで切りやすい筋を視覚化する


という、便利なのか不便なのか、いまいちよく分らない技能を手に入れてしまったのだ。
常時、すべてのものにうっすらと線が見えるので、料理するときには重宝しているのだが、人間を見ていると
まるで人体模型とでも会話しているような気分になる。
なので、私は料理以外に用事を行うときには常にサングラスを掛けるようにしている。
サングラスは視界の精度が悪くなるので、精査を必要とする「直筋の魔眼」を無効化することができるのだ。
本家と比べると、どうしようもないほどしょぼい能力と、その対応方法だが、実生活においては特に困ることもないので問題なかった。


しかし、事ここに至って、二人の闖入者おかげで、私はそれらの必要のなかった能力と真剣に向き合っていくことになる。
皮肉なことに、それは私が厭っている人間を莫大なほどに呼び寄せることになり、世界とも向き合う結果になるのだが……






                 【世界樹の】最弱の料理人【迷宮ネタ】







 ちょうちょ、もぐら、カニ、ねずみ。
その単語なる存在が脅威を持って、文字どおり襲い掛かってくるのは、せいぜい食糧欠損や、調理する時に反撃される程度のものだった。
ちょうちょは言わずもがな、姿の美醜に関わらず、要は虫けらなのだ。どうとでもなる。
その、どうとでもなるはずの生活害獣、食糧、虫けらがそろいも揃って、命を脅かすほどの害意を持って迫ってきているのだ。
…笑えないぞ、クソったれ。


「ハ。ハハ、ハハハハハハ、きききききき来ちゃったわ?! どどどどどどどうしようジロウさん」


「そそそそそそそ、そうだね。 にににににににに、逃げればいいんじゃないかなぁ、ハハ、ハハハハハ…」


腰を抜かした二人組は、小刻みにプルプル震えながらどうにか足を動かそうとしているがうまくいかないようだ。
どうやら、今から始まる生存競争には役に立ちそうにない。


「こりゃ、参った…」


目の前の二人がみっともなく取り乱しているのを見て幾分落ち着き払えているが、今すぐ逃げ出したい気分だ。
勝算もない。
漁や猟をする際に必要な技能は持ち合わせているが、それらは全て戦闘用ではなく、罠設置や熟知した地形を利用したハメ技なのだ。
相手に反撃されることが前提の狩、それも臨機応変、戦況把握、戦術理論、そしてそれらを成り立たせるのに最も必要な『胆力』。
どれも持ち合わせていないものばかりだ。
そもそも、死に対する『覚悟』も、闘争をおこなうための『戦闘』/『戦争』も、スキルとして持ち合わせていない。
せいぜい『喧嘩』ぐらいだろうか。
要するに、仮に私が今からこの人外魔境に挑むと仮定した場合、『喧嘩』レベルで『殺傷』スキルを振り回すことになるわけだ…。
…いや、発想を変えよう。どう考えても死ぬ未来しか見えない。


よく舞台劇などで、観客全てをかぼちゃだと思えというのがあるから、それにならって、連中を『木』だと『暗示』すればなんとかなるか…?
この手のちゃっちいスキルは全てレベルがMAXになっているからなんとかなるはずだ…。

――――と、考え事をしている間に、家の締切をすべて終えた。

重量のあるものを全て玄関に積んで塞いだが、いつまで持つのか分らない以上、討って出るしかないだろう。
ガタガタ震える二人を横目に、奥の倉庫を開き、薪狩用に使用している、無骨な巨斧を手に取る。
一般的な成人男性並みの大きさの斧を、両手で構え、調子を確かめるかのように、二度、三度と振るうと、
それに合わせるかのように入口のほうが騒がしくなってきた。
急いで入り口に向かいながら、深呼吸をする。



――――いいか。

――――お前のことだからめったにこんなことはないと思うが。



ギャーギャーと絶叫を上げて助けを求める二人の声が聞こえる。




――――選ぶのなら長柄だ、先端に凶器が付いていれば尚良い。

――――そして、とにかく突っ込め。

――――お前の筋力で、持てる最高の重量ならそれだけで人力戦車だ。



凶器の矛先を、今にも崩れ落ちそうな入口に向ける



――――轢き殺してやれ!




「っらぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」



突貫。
自ら崩したバリケードからの粉塵とともに血飛沫が宙に舞う。
どれを殺したのなど確認している時間すら惜しい、反撃もさせずに押し潰さないと、恐怖で頭がどうにかなりそうだった。


「あ」


あああああ、と泣き叫ぶかのように声を上げながら、先端に捉えた物体に向かってひたすら突撃を敢行する。
その照準に捉えられた哀れな人外魔境は、ミンチよりも酷い肉片となってすり潰されていく…。
もぐらは土に還り、ねずみは天に昇る。 カニは総じてひっくり返り、ちょうちょは武器が奮われた時の衝撃で流される。
それが一撃での戦果。
木を切るのではなく、突貫して倒壊させた上で、薪を回収していたからこそできる力技だ。
そして、戦闘に関してのLv.1としては十分過ぎる戦果でもあった。
だが、そこまでだった。



「うご…、う、動けない…」


全身から急速に力が抜けていく。
さっきの技を放ったことからの疲労とも思ったが、それ以上に体から力が抜けていく、というより、動けなくなっていく…。
咄嗟に己のステータス欄を確認すると、そこには『毒/リンプン毒』の表示と、傾いた砂時計のように消えていくHPのバーがあった…。

















 転生主人公は生かしておけません
俺TUEEとかこの世界観でできませんし…






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