ジロウは、幼いころから写真機と共に育った。
曾祖父が、古代遺跡からの写真機の発掘と、その再現を行い、さらにそれを研究して現代でも気軽に扱えるようにした最新モデルが、
今も首から掛けられているそれであり、三代受け継がれてきた高級品だ。
専用知識の要る出力方法と、専門的すぎる機器にデータを通して出力するのは、その場での即応性と、機器が高額過ぎるためのと理由で排除され、
その代わりと言ってはなんだが、病的なでの望遠性と精度を誇る極端なものに仕上がったのが、これだ。
その過程で培った技術を活かして、家は儲けに儲けた。
客の懐に合わせて技術レベルを調整したものを販売し、古代機器を扱える金持ちには高級機のカメラが売れ、一代で財をなした。
それが、ジロウのアカデミーに通えるほどの金銭的な余裕となり、自然をこよなく愛する性格が、彼をその専門課程へとすすませた。

しかし、彼はそこで遠回しながらも迫害を受けることになる。
この時代のアカデミーと言えば、一年間の学費だけで一般家庭が十年は生活できるほどの金額だ。
必然そこに在学する人間の出自は限られてくる。
ひとつは、ジロウのように富豪の家の出であるもの。
ひとつは、その才能を認められて特待生として入学したもの。
ひとつは、貴族・王族層に連なる者たちだ。
そして、アカデミーは圧倒的なまでに、貴族と王族で占められていた。

ジロウがその中で孤立するのは当然と言えた。
権威の高い人間がそのようなことをするのではない、その権威に群がる貴族たち――――その中でもとりわけ低級なもの――――が、
ジロウの境遇を妬み、嫉んで、そういう行動に至ったのはある意味必然ともいえた。
当然、中にはその程度のことを気にしない気のいいものもいたが、そのような行動をとるものの方が圧倒的に多かった。
後ろ盾がなく、ただ財があるという理由だけでアカデミー入学を入ったジロウは、彼らにとってうさを晴らす絶好の獲物だったのだ。

だが、彼にとって幸いなことに、彼の持っている写真機とそれに付随する知識が彼を救うことになる。
才能を認められて特待生となったもの。 
その中でも特段ずば抜けていた、サクヤが彼に目を付けたのだ。
彼女は、古代の歴史と、それに付随する世界環境と文明の衰退の原因をテーマにしており、頻繁にフィールドワークに出ることが多かった。
部屋に籠って実験三昧が基本であるアカデミーの中でも彼女は特異であり、また特異であったからこそ彼女はジロウを知る機会を得た。
ジロウは、一部動植物に発生している突然変異体についての発生原因とその経過をテーマにしており、自慢のカメラでサンプルを撮影し、
変異前のものと、変異後のものを解剖/解体してその実態を解き明かそうという試みを持っていた。

だから、フィールドワークに出ることの多い彼らが出会い、意気投合するのは必然といってもよかった。
お互いのテーマに似通うところのあった二人はお互いの知識を補完しあい、いつしかパートナーとしてお互いを支えあうようになっていた。
ジロウに後ろ盾がついたのはこの頃である。 
サクヤを金銭的に補助している貴族が、貴族の中でも雲の上のような存在であることが、ジロウを救ったのだ。
そして、二人揃って、限りある研究の時間を有意義に過ごすために本格的な活動を開始した。
お伽話になっているような伝承から、まゆつばの法螺話まで、二人は行ける限り、走り回ったといってもいい。
しかし、当然のように100や200を当たってもなしのつぶてであり、発見といっても、痕跡のようなものや、既に非公式に発掘された物を見つけるばかりであった。
そうして、いつしか情熱も消え失せ、最後の地として、一番あり得ないと思われたエトリアの地にて療養し、気分転換にフィールドワークをしていたところ、
なんたる幸運か、二人はまだ荒らされていない、『本物』を見つけてしまったのだ。
しかも少し探ればどうにかなりそうなものではなく、長い年月を掛けなければ全容の解明は不可能に近そうな圧倒的に巨大な樹――――。
そして、そこに群生する見たことも聞いたこともないような動植物たち。
後に、エトリアの世界樹の迷宮と呼ばれることになる、古代建造物を――――






                 【世界樹の】迷宮の驚異、住人の脅威【迷宮ネタ】





初めてその人に会った時は、酷く驚いたものだった。
なんでって、そりゃあ、こんな本当に何もない所に、ぽつーんと一軒家が建っていて、しかもそこに住んでいるって聞いたら誰だって驚くさ。
およそ人間の文明が及ばないような、山奥にひっそりと暮らしてるなんて、まるで世捨て人だよ。
しかもさらに驚きなのは、彼(とても寡黙で聞き出すだけでも苦労した)は、まだ成人すらしていないって言うじゃないか。
重ねて驚いたよ…僕が彼のような歳のころは親に養ってもらいながら、毎日毎日勉学の日々を送っていたんだからね。
毎日というのは少し大げさかもしれないけれど、街中で何不自由なく過ごしていたことは確かさ。
朝起きたら、ご飯があって、学校に行くための学費を出してもらって、当然お昼のためのお金も持たせてもらっていたし、
帰宅すれば、安心して接することのできる家族がいて、お風呂に入って、用意された晩ご飯を食べる。
勘違いしないように言っておくと、僕の家はいわゆる成り上がりの家だから、貴族様のように、生活のすべてを享受するわけじゃない。
家事や洗濯なんかは手伝えることがあれば進んで手伝ったから、後々一人で生きていくための知識と経験は積んだつもりさ。
そう、つもりだった。
それから大学に入ってからの、遺跡をめぐる日々の中で、野生の世界を歩く術を身につけた、という自身や経験すらも、
ここで起こってしまった変事によって、粉々に吹き飛ばされたんだ。
…そう、人にできないことを平然とやってしまう、という言葉を体現した彼によってね。
遺跡内部を少しのぞいただけで本能に駆られて逃げ出した僕にはわかるんだ。
僕が望遠鏡で覗いた瞬間、レンズの向こう側にいる化け物どものすべてがそれに気づいてた。
それは、望遠してすぐのことで、興奮しながらサンプルを採集するサクヤさんは、本当に危なかったんだ。
すぐさまフラッシュを焚いて失明させた後、二人がかりで本気を出さなければ、ころされるところだった。
一撃。たった一撃をもらうだけでもう駄目だとわかった。
サクヤさんが習得している、ちょっとした傷を治癒するぐらいの自然治癒強化触媒式では、どうにもならないってことを。
その化け物はとても賢かった。
まるで、人間のように――――いや、人間そのもののようにある程度考えて動いている
それを彼は、埃を散らすように、掃いてしまった。






――――局地的な嵐が吹き荒れていた。
それは身の丈の10倍はあろうかという、『木』を持っていた。
それは、森の最奥からきたる異形の獣のことごとく屠っていた。
その一撃は50はあろうかという異形を一瞬で薙ぎ払ったかと思えば、
攻撃の届かない筈の上空から侵略を試みようとする幾百の怪物を大地に縫い付けた。

「ば、ばけもの…」

羽虫を叩きつけるおもちゃが、大きくなっただけなのに。
獣をおいやる刃物が、長くなっただけなのに。
それだけで、先ほどまで身に迫っていた脅威が、刈り取られていく。
それを、僕と彼女は、ただ眺めていることしかできなかった。

そして、息が切れたのか、体力が尽きたのかは定かではないけれど。
ほぼ全ての脅威を片づけたところで、彼の体は傾いでいった。
紫色の雪が降り積もる中に、彼の体が埋まっていく。

「ジロウさん…? これは、雪…?」

「――――えっ? えぇ?! 紫色の雪なんて聞いたこ、と…」

なんだ? 少し、息苦し…!!

「サクヤさん! 息をしないで! マスクで呼吸口を塞ぐんだ!」

 なんてこった!
成分は調べてみないとよく分らないが、いつの間にか降り積もっていた『雪のようなもの』
これは間違いなく毒性の物質だ…。
こうしちゃいられない。
接触しただけでも体に浸透してくるものだとしたら、ここにいる僕たちは全滅だろうが、身を張って助けてくれた彼を見捨てられるはずもない。
僕らは無言で頷き合うと、彼の頭と両足をそれぞれ抱えてその場から全力で逃げ出すことにした。






     ◆◆◆

「だ、だめ…ジロウさん、もう限界よ」

どのくらい走っただろうか。
幸い、彼があの化け物たちをあらかた片づけてくれたから、なんとか逃げることに成功した僕たちは逃げだすことにせいこうしたが、
少し離れたぐらいではとてもとても安心なんてできるわけもなく、強迫観念に駆られるように体が悲鳴を上げる限界まで走り続けていたようだ。
サクヤさんの言葉の通り、彼女に限界だ、と声をかけられるまでなんともなかったはずなのに、急に足も腰も言うことをきかなくなったかのようにへたりこんでしまう。

「こ、ここまでくれば、もう安心よね・・・?」

彼女の不安げな声が後ろから聞こえる。

「大丈夫さ。僕らは、ね。 彼が守ってくれたおかげだ…でも彼は…」

「あ…」

その言葉で思い至ったのか、沈痛な声がその場を満たす。
そうなのだ。
僕らは助かった。では、彼は?
まだ生きてはいるだろう。弱弱しくはあるが、胸が上下していることからまだ息はある。
いや、弱気なことを考えてどうするんだ、助かる見込みが1%でもある限り命の恩人をこのまま見殺しになんてできない。
毒に関しての対処法なら僕も――――サクヤさんの方が詳しいだろうが、知っている。
この周辺の草木は全く人の手が入ってないせいか、貴重な薬草の類も揃っている。

「サクヤさん」

「――――」

動転しているのだろう、眼の焦点があってない。
それはわかる、僕だって未だかつてない出来事の襲来の連続に頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
でも、それは後で考えればいいことだ、だから――――

「サクヤさんっ!」

「――――っ!」

ハッ、とした顔をするものの、それは一瞬で縋るような表情へと変貌する。
そんなことには構ってられない。

「彼を、助けないと。 彼は、僕らの、命の恩人だ。」

区切るように、彼女に言い聞かせるように、自分に言い聞かせるように一つ一つ言葉に重みを持たせる。
だが・・・
化け物が化け物を倒した。
彼女の怯えた眼はそう言っていた。

「助けるんだ、それが僕らが今できることだ。 いいね?」

彼女の肩を強くつかみ、言い聞かせる。
イヤイヤと首を振るが、その首を両手で掴み、睨みつけるようにその目を見つめた。

「僕らは死んでいた、彼がいなければあそこで死んでいたんだ。 僕らは既に一回、死んでいたんだよ」

するとその意味が伝わったのか、彼女の眼に力が戻り、力強くうなづいた。
そして、その後すぐ、僕らは人目に付きにくく、影になっているところに彼を移すと、一刻も早く彼を助けるために薬草を集め始めた。









今更ながら一話一話が短いような気がしてきた。
今後もこの短さで行こう・・・次でいったん終わりです。







戻る